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はじめに
就労継続支援(A型・B型)事業所の新規開所においては、人員基準や設備基準の充当に加え、「就労支援事業会計」に基づく適正な事業計画の策定と経理体制の構築が必須要件となります。 就労継続支援事業の会計処理は、一般的な法人の会計基準とは異なり、厚生労働省が定める「就労支援の事業の会計処理の基準」等に則った厳格な区分が求められます。本記事では、就労支援事業会計の根幹である「福祉事業と生産活動の区分」の理由と、近年厳格化している法令制度の背景、及び指定申請の実務において求められる要件について解説します。
1.就労支援事業会計における会計区分の原則

就労支援事業会計の最大の特徴は、同一の事業所内で行われる活動にかかる収支を「福祉事業活動」と「生産活動」の2つに明確に区分して会計処理を行う点にあります。
- 福祉事業活動:利用者の体調管理、個別支援計画の作成、面談、支援記録の作成、送迎など、障害福祉サービスそのものの提供に係る活動を指します。この活動による主な収入は、国保連から支払われる自立支援給付費(訓練等給付費)等です。
- 生産活動:商品の製造、パソコン作業、軽作業、店舗販売、施設外就労(清掃業務の請負など)といった、収益を生み出すための活動を指します。
事業所内で複数の異なる生産活動(例:清掃作業とパソコン作業など)を行う場合は、原則として作業の種類ごとにも会計を区分することがガイドライン等で求められています。ただし、多種少額の生産活動を行う等、合理的な理由で作業種別ごとの区分が困難な場合には、区分を省略できる特例も設けられており、事業所の実態に応じた柔軟な経理体制の構築も検討事項となります。
2.会計区分が厳格に求められる法令上の背景と制度の課題
同一施設内で、同じ職員が利用者の支援と生産活動の指導を並行して行う環境下において、あえて厳密な会計区分が求められる最大の理由は、「生産活動によって得られた収益から、適正に賃金や工賃が支払われているか」を可視化し、証明するためです。
法令(指定基準)上、就労継続支援A型においては、生産活動に係る事業の収入から必要経費を控除した額が、利用者に支払う賃金の総額以上となるようにしなければならないと定められています。B型においても同様に、生産活動の収支差額を利用者に工賃として支払うことが基本とされています。 しかし近年、全国の指定就労継続支援事業所において、生産活動の収益が利用者の賃金・工賃を下回っているにもかかわらず、自立支援給付費(訓練等給付費)を不当に賃金に充当(補填)するなどの不適切な会計処理を行う事例が散見され、問題視されてきました。また、利用者の就労能力の向上に寄与しない、収益性の著しく低い作業しか提供していない事業所の存在も制度上の課題として指摘されています。特に最近では、在宅支援等において、実質的な生産活動を伴わない活動(eスポーツや、植物の水やりを1日数回行うだけの活動、卓球教室や麻雀教室での手伝いに相当するような活動など)を公費による就労支援として提供する不適切な事例への監視が非常に強まっています。
これらの事態を受け、厚生労働省は指定基準等の改正を行い、行政(指定権者)による新規指定や運営状況の把握における審査を大幅に厳格化しました。給付費を賃金や工賃の支払いに充てることは原則禁止されており、これを厳格に監視するために、福祉事業と生産活動の会計分離が徹底されているのです。
3.指定申請・事前協議において実務上求められる対応

制度の厳格化に伴い、現在、多くの自治体(指定権者)では、新規指定時の事前協議において、事業の持続可能性と適法性に関する具体的な根拠資料の提出を求めています。 例えば、大阪府や大阪市の事前協議では、単なる事業計画の概要だけでなく、以下の資料による客観的な証明が必要です。
- 福祉事業と生産活動を区分した収支予算書 :自立支援給付費や管理者等の職員給与と、生産活動に係る収益・経費を会計上明確に区分した予算書の作成が求められます。
- 作業量の積算根拠 :「1日に何人で何時間作業を行えば、どの程度の成果物が完成するのか」という、生産活動の採算性と実現性を示す積算根拠の提示が必要です。
- 請負契約書・委託契約書のひな型: 事業所で行う予定の生産活動が外部からの請負や委託である場合、作業単価や請負内容、成果物が具体的に確認できる契約書等の提示が求められます。売上見込みが実態を伴うものであるかを行政が審査するための重要書類です。
さらに近年では、提出されたこれらの資料に基づき、自治体内に中小企業診断士や公認会計士、税理士、社会保険労務士などの有識者による「専門家会議」を設置し、経営的・法律的・会計的な観点から事業計画の妥当性を厳格に総合審査するケースも増えています。
4.「生産活動シート」による行政の監視と評価

さらに近年、厚生労働省のガイドラインに基づき、指定申請時や運営指導時において「生産活動シート」の作成・提出が求められるケースが標準化しています。このシートは、事業所の生産活動内容、生産活動収支、利用者へ支払う賃金・工賃の実態を、行政が一元的に把握・分析するためのフォーマットです。
生産活動シートの審査においては、以下の点が厳しく確認されます。
- 収支と賃金のバランス:生産活動の売上高から経費を差し引いた余剰金がマイナス(赤字)になっていないか、赤字の場合は訓練等給付費を原資として補填していないか。
- 取引先の構成と実態:売上上位の主要取引先との関係性が確認されます。例えば、親会社や関連法人との取引において、通常の作業単価と著しくかけ離れた高単価での取引が行われていないか(架空取引や循環取引等の不正会計の有無)などが行政の監視対象となります。
指定申請の段階で、これらの要件を満たす合理的な事業計画と収支見込みが立証できない場合、指定権者から事業計画の修正を求められる、あるいは申請自体が受理されない可能性があります。
5.実務上の課題となる「共通経費」の合理的な按分
就労支援事業会計を運用する上で、実務上必ず直面するのが「共通経費の按分(振り分け)」です。 例えば、商品の原材料費は生産活動費用、利用者の支援記録に関する事務用品は福祉事業活動費用と明確に区分できます。しかし、事業所の家賃、水道光熱費、通信費、車両費(送迎と納品の両方に使用する場合)、および管理者の人件費などは、両方の活動にまたがる共通経費となります。
これらについては、事業所ごとの実態に即した「合理的な按分基準」をあらかじめ設定し、それに基づいて各会計に配分する経理処理が必要です。 具体的には、家賃であれば「建物の床面積割合(相談室等と作業室の比率)」、水道光熱費であれば「メーター等の測定割合や床面積割合」、車両費であれば「使用実績(送迎と納品の走行距離割合)」などを基準とします。
ここで実務上最も留意すべき点は、設定した按分基準の「客観性」と「継続性」です。生産活動の利益が少ない月に、経費を福祉事業側に多く付け替えるといった恣意的な按分比率の変更は認められません。一度定めたルールに基づき継続して会計処理を行い、図面、車両の運行記録、職員の勤務割表など、按分の根拠となる客観的資料を保存しておくことが義務付けられています。これは、開所後に行われる行政の運営指導(実地指導)においても、重点的に確認される項目です。
まとめ
就労継続支援事業の開所にあたっては、「どのような生産活動を行い、いくらの売上を確保し、どのように適正な賃金・工賃を支払うのか」という事業計画の根幹と、それを記録・証明するための「就労支援事業会計」の仕組みが完全に連動している必要があります。 法令や行政のガイドラインが要求する水準は年々厳格化しており、開所前の段階から、制度の趣旨に基づいた適法かつ客観的な計画策定と書類作成が事業の認可および継続において不可欠となっています。
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