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はじめに
一般乗用旅客自動車運送事業(福祉輸送事業限定)、いわゆる「介護タクシー」の開業にあたっては、事業計画の中で「営業区域」を定める必要があります。実務においては、この営業区域の境界線を巡り、次のような法的な疑問が生じることが少なくありません。
- 「営業区域外の病院まで利用者を送ることは可能なのか」
- 「営業区域外の病院へ迎えに行き、区域内の自宅まで送迎してよいのか」
- 「隣接する他府県まで送迎する場合、その府県も営業区域に含めなければならないのか」
営業区域のルールを正確に理解するためには、車両が営業区域の外に出たかどうかではなく、運送における利用者の「発地(乗車地)」と「着地(降車地)」がどこにあるかを確認することが実務上の基本となります。
本記事では、道路運送法および国土交通省(地方運輸局)の各種通達に基づき、介護タクシーにおける営業区域の基本的な考え方と、実際の送迎業務における適法性の判断基準、さらには介護保険制度(通院等乗降介助)との連携手続きについて解説します。
1.介護タクシーにおける「営業区域」の基本原則

介護タクシー(福祉輸送事業限定)を経営するには、道路運送法第4条に基づき、国土交通大臣(実務上は管轄の地方運輸局長)の許可を受ける必要があります。この許可の際、事業計画において「営業区域」を定めます。
(1)営業区域の単位
福祉輸送事業限定における営業区域は、原則として「都道府県単位」(北海道にあっては運輸支局の管轄区域、沖縄県にあっては島しょ)と規定されています。例えば、大阪府内に営業所を置く事業者の場合、営業区域は「大阪府」となります。
(2)営業区域の物理的範囲
営業区域は「営業所から半径〇キロメートル」といった物理的な距離で決まるものではありません。あくまで行政区画(都道府県)を境界とした制度上の制限です。そのため、自社の営業区域の範囲を超えて運送を行う場合は、道路運送法第20条に定める制限に適合しているかを検証する必要があります。
なお、福祉輸送限定の許可においては、この地理的制限である営業区域のほかに、後述する「運送できる旅客の範囲」という資格制限も課されている点に留意しなければなりません。
2.道路運送法第20条が定める「発地」と「着地」のルール
営業区域に関する実務判断の根拠となるのが、道路運送法第20条(禁止行為)です。同条では、一般旅客自動車運送事業者に対し、次のように規定しています。
【道路運送法第20条】: 一般旅客自動車運送事業者は、発地及び着地のいずれもがその営業区域外に存する旅客の運送(路線を定めて行うものを除く。……)をしてはならない。
この条文が禁止しているのは、「発地(乗車地)」と「着地(降車地)」の両方が営業区域の外にある運送です。したがって、「発地」または「着地」のいずれか一方が自社の営業区域内であれば、その運送は適法となります。
通常の介護タクシー業務における運送の可否は、以下のように整理されます。
- 発地:営業区域内 / 着地:営業区域内 → 可能(通常の区域内運送)
- 発地:営業区域内 / 着地:営業区域外 → 可能(区域内から区域外への運送)
- 発地:営業区域外 / 着地:営業区域内 → 可能(区域外から区域内への運送)
- 発地:営業区域外 / 着地:営業区域外 → 原則不可(営業区域外旅客運送に該当)
このように、車両が営業区域の境界線を越えて走行すること自体が違法になるわけではありません。あくまで「旅客を乗せた場所」と「旅客を降ろした場所」の二点によって適法性が判断されます。
3.具体的な送迎実務における適法性の検証

上記の基本原則を、具体的な実務場面に当てはめて検証します。ここでは、営業区域が「大阪府」である介護タクシー事業者を例とします。
(1)営業区域外の病院へ送る場合(往路)
大阪府内の自宅から、兵庫県内(営業区域外)の大学病院へ通院する利用者を送迎するケースです。この場合、発地が大阪府内(営業区域内)であるため、道路運送法第20条の禁止行為には該当せず、適法な運送となります。兵庫県の病院まで送るために、兵庫県を営業区域に追加する必要はありません。
(2)営業区域外の病院へ迎えに行く場合(復路)
治療を終えた利用者を、兵庫県内(営業区域外)の病院で乗せ、大阪府内(営業区域内)の自宅まで送り届けるケースです。この場合、乗車場所は営業区域外ですが、降車場所が営業区域内であるため、片方が区域内に該当し、こちらも適法な運送となります。 なお、営業所から兵庫県の病院まで空車で向かう「迎車(回送)」区間は旅客運送ではないため、営業区域の制限は受けません。
(3)営業区域外から営業区域外への運送(違法となるケース)
注意が必要なのは、他府県へ送迎した後に、現地で別の運送依頼を受けるケースです。 例えば、大阪府内の利用者を兵庫県内の病院へ送り届けた後、その兵庫県の病院から、別の利用者を兵庫県内のリハビリ施設(営業区域外)まで運送する依頼を受けた場合です。
この2件目の運送は、発地と着地の双方が営業区域(大阪府)の外にあります。これは道路運送法第20条違反(営業区域外旅客運送)となり、100万円以下の罰金(道路運送法第98条第6号)の対象となります。他府県へ乗り入れた際、現地の別の依頼に安易に応じることは、法秩序の遵守において厳に慎まなければなりません。
4.営業区域の特例と「隣接市町村」に関する通達基準
他府県への乗り入れ需要が日常的に発生する場合、営業区域の拡大が検討されますが、希望する府県全域を自由に営業区域に追加できるわけではありません。
地方運輸局の通達(「一般乗用旅客自動車運送事業(福祉輸送事業限定)の許可等の取扱いについて」)において、営業区域の特例基準が以下のように定められています。
(1)隣接市町村の特例要件
営業所が都道府県 of 境界に接する市町村(政令指定都市にあっては区)に所在する場合、隣接する他府県の「隣接市町村」に限り、営業区域に含めることが認められる場合があります。この特例の適用には、以下の要件を満たし、地方運輸局長の認可を受ける必要があります。
- 地理的要因:山岳、河川、海峡等による隔たりがないこと。
- 経済的一体性:経済事情等に鑑み、実質的に同一地域と認められること。
(2)特例認可における実務上の制限
この特例認可を受ける場合、事業計画変更にあたって次の条件と期限が付されます。
- 運送引受の制限:隣接市町村の区域に係る運送は、境界に接する市町村に所在する自社の営業所において、事前に運送の引受けを行ったものに限られます。
- 有効期限の付与:この認可には「2年間」の有効期限が付されます。
このように、営業区域の変更には厳格な要件と手続が存在するため、安易に区域を広げられる制度ではないことを正しく理解しておく必要があります。
5.福祉輸送サービスにおける旅客範囲の制限
介護タクシー(福祉限定許可)は、運送できる旅客(利用者)が法律上厳しく限定されています。営業区域の適法性を満たしていても、乗車する者が以下の要件を満たしていない場合、福祉限定許可の条件違反となります。
地方運輸局の通達により、福祉輸送サービスの対象旅客は、「次に掲げる者およびその付添人」に限定されています。
- 身体障害者手帳の交付を受けている者(身体障害者福祉法第4条)
- 要介護認定を受けている者(介護保険法第19条第1項)
- 要支援認定を受けている者(介護保険法第19条第2項)
- 肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害その他の障害等により単独での移動が困難であり、かつ単独で公共交通機関を利用することが困難な者
- 消防機関又は連携コールセンターを介して、患者等搬送事業者によるサービスを受ける患者
実務上、乗車できるのはこれらの対象者本人のほか、その「付添人」に限られます。健常者のみを乗せて運送することは一切認められません。営業区域だけでなく「誰を運送するのか」を正確に確認する実務体制の構築が求められます。
6.介護保険制度(通院等乗降介助)との連携と行政手続き

実務において混同されやすいのが、道路運送法上の「介護タクシー許可」と、介護保険法上の「通院等乗降介助」の関係です。これらは管轄行政も根拠法も異なる、完全に別の制度です。
(1)「通院等乗降介助」とは
指定訪問介護サービスの一種であり、訪問介護員等が自ら運転する車両への乗車・降車の介助、受診手続きや移動の介助を行うものです。このサービスを提供するにあたり、利用者から移送の対価(運賃)を収受して有償で運送を行う場合は、必ず道路運送法上の許可・登録が必要になります。
(2)算定のために必要な行政手続き
介護保険を適用した通院等乗降介助サービスを実務で行うには、以下のいずれかの法的手続きを完了させる必要があります。
ア.福祉限定許可(法第4条)による事業運営
一般乗用旅客自動車運送事業(福祉輸送事業限定)の許可を取得し、事業用自動車(緑・黄ナンバー)を配置して運送を行う方法です。 介護保険サービスを組み合わせる場合は、別途、都道府県等に対して「指定訪問介護事業所」の指定申請(又は変更届)を行い、運営規程に「乗車又は降車の介助」を明記した上で、「介護給付費算定に係る体制等に関する届出書(加算届・体制届)」を提出しなければ、介護報酬(97単位)の算定は認められません。
イ.自家用自動車有償運送(法第78条第3号・ぶら下がり許可)による事業運営
指定訪問介護事業所の訪問介護員等が、自らの自家用自動車(白・黄ナンバー)を使用して有償運送を行う方法です。 この場合、介護保険の指定訪問介護事業者としての指定を受けていることが前提となり、その契約に基づき、一定の要件(2種免許、または1種免許+大臣認定講習等)を満たした運転者が、自家用車を用いて一体的にサービスを提供します。この許可は「2年間の期限付き」であり、対人 8,000 万円以上、対物 200 万円以上の任意保険等への加入義務など、安全管理体制の整備が厳格に審査されます。
このように、運送事業としての許可を取得することと、介護保険上の報酬を算定することは、連動する別々のハードルです。実務においては、運送事業許可の手続きと、介護保険の指定・加算届の手続きを並行して適切に進める必要があります。
まとめ
介護タクシーの営業区域のルールを理解する上で最も重要なのは、「発地」または「着地」のどちらか一方が、自社の営業区域(原則として都道府県)に含まれていれば適法であるという点です。
したがって、営業区域である府県から他府県への送迎、または他府県から営業区域内への送迎については、特別な区域変更手続きなしに実施することが可能です。しかし、他府県から他府県への送迎(区域外から区域外)は厳格に禁止されており、違反した場合には深刻な行政処分や刑事罰が科されるリスクがあります。
開業にあたっては、自社がターゲットとする利用者の居住地域や、主な移動先(通院先の病院など)を具体的に想定し、それらが営業区域に合致しているかを一件ずつ検証していくことが、法令順守を徹底した健全な事業運営の第一歩となります。
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